La Domo de mia scivolo

:: 2008-2009年度のベルギーの滞在記 ::

 

3月

2009年3月3日(火) :公立美術館, Bibliothèque Chiroux, Histoire politique de la Belgique, Thomas Cook の時刻表

3月に突入。博論提出まであと3週間というところ。いろいろ頂いたコメント・ご批判を受けての手直しもとりあえず終了。後は細かなところの確認・修正。

基本書での確認のためにリエージュの公立図書館(Bibliothèque Chiroux)へ。基本書は公立。開架がなによりも扱いやすい。残念なのは平日は13:00からしかオープンしないこと。

 

Bibliothèque Chiroux

 

Xavier Mabille の『ベルギーの政治史(Histoire politique de la Belgique. Facteurs et acteurs de changement)』。超基本書だけど版によって表紙の色が違う。こういうのを見ると、どうしても全部蒐めてみたくなるコレクター性格。

     第四版(2000):緑色
     第三版(1997):青色
     第二版(1992):橙色
     初版(1886): 灰色

第四版(2000年だけど一応最新版)すら手に入らない。販売元の研究所 CRISP(Centre de recherche et d'information socio-politiques)でも「絶版」。本屋にもない、古本屋でも見ない。こういうのが全版さらりと(開架で)揃っているのが公立図書館。

 

"APRÈS博論提出" のこともちょっとは考える余裕が出てきた今日この頃。旅。手始めに Thomas Cook の代理店に電車時刻表を買いに行ったけど、店の人はその時刻表の存在を知らなかった…。「飛行機の時刻表?」とか聞かれたり。

素晴らしいお天気な一日でした。

2009年3月6日(土) :国立公文書館, ULC, ULB, TEC, Lijn, Thomas Cook の時刻表, ブリュッセル地下鉄

ブリュッセルの ベルギー国立公文書館(Archives de l'État en Belgique)へ行く。この期に及んで、新しい資料を読むってのはちょっと無謀でもある気がするけど、ちょっと目を通しておきたい。

ついでなので、ルーヴァン・ラ・ヌーヴ経由で。UCLの図書館はやっぱり使い良い。ルーヴァンからブリュッセルにはTECのCofortoのバスで(3.90EUR)。途中の高速道路は理由は分からないけど大渋滞。ただし、途中はバスレーン、というか待避線を走る。ただし、待避線がなくなると再びのろのろ。そのためかどうかは知らないけど、知っているルートとは違う道を通る。わざわざRoodenbeekの方を大回りして。

路線が変更されたのかなと思い調べる。結果、路線は変更されていない。やっぱり特別なルート。ただ、一つ面白い事を知った。高速道路のバスレーン(待避線)をがんがん走っていたけど、それは今年の2月からのことらしい(⇒La Libreの記事)。これまで、フランデレン地域側の高速道路ではワロニーのバス会社TECのバスが待避線を走ることが出来なかったらしい。それを、長い交渉の末、フランデレン側のバス会社Lijnがそれを認めたということ。やっぱりブリュッセルはフランデレン地域の地なんだと再確認。

さらについでに中央駅近くのThomas Cookへ時刻表を買いに行く。ここでも時刻表は買えなかった。9年前は買えたんだけど…。また、国立公文書館でも、OPACではあるとされていた資料が「ない」と。そんなことあるかね…。

そう言えば、ブリュッセルの地下鉄で、とうとう Delacroix から Gare de l'Ouest/Weststation の区間が4月から開通するみたい。思い出せば2年前、南駅から何気なく地下鉄に乗って、Delacroix の車庫まで行ってしまった記憶が。なかなか恥ずかしかった。

2009年3月8日(日) :リエージュ観光, 公共交通博物館, Outremeuse, Tchantchès, チャンチェ博物館, リエージュ料理

天気はよくないけど、12:00、散歩を兼ねてリエージュ観光へ出る。ムーズ川を渡り対岸の Outremeuse 地区へ向かう。途中、雨が激しくなってきたので近くにある「公共交通博物館(Musée des Transports en Commun)」へ避難。けど、日曜日なので開館はお昼からということで中に入れず、外からちょっとだけ見えるのみ(写真:左)。

続いて、「チャンチェ博物館(Musée Tchantchès)」。この « Tchantchès » という名前はよく聞くもので、リエージュの有名「人」で、マリオネットの主人公。なんとなく、« tchant » 「歌(fr. chant)」の関連から来ている名前かなと思っていたんだけど、これはフランス語名の « François » のワロニー語の対応語みたい。何故にそうなる。ただ…、開館していなかった。日曜日は午前中だけ、「今度は水曜日の午後にマリオネットの上演があるので、それに」と。

博物館の看板にあったフランス語(写真:右)。

     Ce 13 août 2002, à l'occasion de la commémoration de 75 ème anniversaire de la République libre d'Outre-Meuse, ...

こんな « ce » の使いた方があるんやね。知らなかった。辞書を調べると、「((古))(手紙の日付で)」ということでちゃんと載っていた。フランス語は相変わらず知らないことだらけ。

 

公共交通博物館  チャンチェ博物館  チャンチェ博物館

 

ワロニー料理を食べに行く。ワロニー語の授業でおっちゃんに勧められたリエージュ郷土料理のお店、Tchantchès & Nanesse。またまた « Tchantchès »、彼とその相方の人形も。安いし、雰囲気良いし、リエージュ料理ならココと教えられた。ちなみに、ワロニー語の授業が行われている場所から徒歩1分の場所。さらには、オリジナルのビールもあるという。

日曜日ということである程度予想はしていたものの…、やっぱり開いてない。予想はしていたものの。。。

さて、「リエージュ料理」とは。店に掲げられていたメニューから。

     ・Boulets Tchantchès
     ・Salade Liégeoise
     ・Potées diverses
     ・Boudins grillés aux pommes

確かに、よく聞く名前。Boulet liégeoise なんか、そう言えば日本のベルギービール屋さんDolphinesでも食べれるし。「リエージュ風ミートボールのトマト煮込み」って名前で。

 

Tchantchès & Nanesse  Tchantchès & Nanesse  Tchantchès & Nanesse

 

ここまで振り返ってみると、リエージュ観光と言いながら、何一つ見れてない。これじゃまずいのでw、「Batteの朝市」と「Buerenの階段」を見る。朝市は午前中だけだと思い込んでたけど昼過ぎてもやってるんやね。階段は…、やっぱり登り切ってからメインがあるわけではなく、すごいことはすごいけど。

 

Batteの朝市   Buerenの階段

 

2009年3月12日(木) :博士論文, フランス語, ハイフネーション

論文直し中。ただし、内容はまったく関係なく、文中のフランス語のハイフネーションについていじいじと。分綴の位置が間違っているところが数か所あるとの有難いコメントを頂き、ずーっとその対処法を調べてた。

TeXで論文を書いていて、かってに「英語の規則」で分綴してくれる。これを解消するために、いろいろ調べる。Babelパッケージを使うかとも思いきや、どうにもうまくいかない。なんかのスタイルファイルとぶつかるのか。。。結局、ずっと調べた挙句、答えは見つからなかった。仕方がないので、手作業で「-」を入れて、強引に単語を切ることに。こうすると、検索性がなくなるし、、、後でちょっと変更すると行末でなくなってもハイフンが残る。邪魔くさいが仕方ない、そして面倒くさい。

 

いざ、自分でと思ってしこしこやり始めると、あれっ!?フランス語の「音節」って…。ん?em-ploi?emp-loi?? 考えれば考えるほど、どつぼにはまっていく。情けないフランス語力。英語のように、辞書に音節の区切り載ってないのよね。

それにしても、英語の音節、気持ち悪いところで切れるなぁ:

 

        di-alecte   →   dia-lecte
        orig-inal   →   origi-nal
        corre-spondance   →   corres-pondance

 

« dialecte » なんて論文のキーワードだから、間違ったままだったら厳しかった。やっぱり、英語が中心に作られているねと再確認。少なくとも、この時間は必要なかったわけだ。Wordってどうなんだろ。やっぱり標準は英語仕様のハイフネーションを勝手にやってしまうんだろうか。フランス語(混在の)の論文を書く人とかはみんな、どう対処しているのでしょうか。

2009年3月14日(土) :Belle-Île, centre commercial / galerie, 言語的丁寧さ, オペラ, 『椿姫』,

ちょっとお買い物に郊外型(それほど郊外ってこともない)大ショッピング・センターBelle-Îleへ。あまり興味はない施設だったんだけど、一度は行っておこうと思い。普通のモール。大駐車場。日本もそうだけど、中がどれほどバリア・フリーであったも、その「郊外に大型店」思想自体が、車がない人、年輩者を排除しがちなものだと。

このような大ショッピング・センターを表す « centre commercial » という用語がある。もう一つ « galerie » という用語も。前者が「より新しく、郊外にある」もの、後者が「より古く、街の中心にある」もの、との区別されると聞いた。ただし、それも「どっちでもいい」という程度のものでもあるらしい。

それで、ベルギーでは同じような施設を表すために用いられる用語がもう一つある。« shopping centre » …。英語。フランスでも使われると思うし、頻度の問題だと思うけど、これもまぁ一種の「ベルジシスム(=ベルギー特有のフランス語)」かな。もしくは、ベルギー流の「言語的丁寧さ(courtoisie linguistique)」、すなわち「フランス語/オランダ語の選択がややこしいので『中立な』英語を」の一つの表れかも。

 

Belle Île

 

Belle-Île の中にチケット売り場(billetterie)があった。ついでなので、ワロニー王立劇場(Opéra Royal de Wallonie)のチケットがあるか聞いてみた。来週の『椿姫(La Traviata)』。完売だと申し訳なさそうに言われる。そりゃそうか。

2009年3月16日(月) :日本語

ふとしたことで、リエージュの日本語のクラスにお邪魔した。18:00-20:00で初級クラス、20:00-22:00で上級クラス。

今まで見た日本語の授業の中で最も、受講生が多い。そして、若い人が多い。僕の中にあった勝手な日本語学習者像が大きく変わった。

先生にはご迷惑だったかもしれないけど、なかなか興味深い時間だった。

2009年3月17日(火) :VISA, ベラルーシ, Ryanair, Frac, Georges Lebouc

4月は旅行しようと思う。今のところモロッコと中央(ハンガリーなど)を計画をしてる。けど、昨日、Ryanairでシャルルロワからラトビアのリーガ(Riga)まで諸税込みで25.48EURというのを発見。これは安い。これを使って面白そうな一つの行程を作れないか少し調べる。そう言えば、ウクライナがVISAなしで行けるようになったよう。じゃあ、リトアニアとベラルーシを経由してウクライナがいいかも。その後は、9年前に旅行が止まっているポーランドを訪れる(参照)。

問題は期間。飛行機の安い日付をまず選んでいること&後ろにモロッコが控えていること、で長い期間がとれない。移動だけでぎりぎりの行程。夜行列車をフル活用。まぁそれはそれで嫌いな旅行じゃない。

もう一つはベラルーシのVISA。調べてみると、観光VISAの申請に「招待状」は必要なくなったみたいだけど、相変わらず旅行会社発行の「バウチャー」はいるよう(駐日ベラルーシ共和国大使館)。時間的には何の問題もないけど、旅行会社に頼むので値段が相当に高くなる。まぁ時間もないので「トランジットVISA」にしよう。

 

思い立ったらすぐ行動。ブリュッセルのベラルーシの大使館・領事館へ。場所はイクセル区の閑静な住宅街。実は、一昨年ブリュッセルに滞在していた時の居住地のすぐ近く。徒歩5分ほどの場所。ここはそんな感じの地域だったんや、と感慨。ポルトガルやチェコなど大使館が立ち並ぶ地区だった。ベラルーシ大使館は「モリエール」通り(Avenue Molière)と「エドモン・ピカール」通り(Rue Edmond Picard)が接合する場所。領事部は月・火・木・金の10:00-12:00のオープン。

 

ベラルーシ大使館   ベラルーシのVISA

 

トランジットVISAの申請のための必要書類は:

     1. パスポート
     2. 申請用紙(日本語併記のものを使用:コレ
     3. 写真一枚
     4. 向かう国のVISA
     5. 30EUR

4. の向かう先のVISAは、それがロシアだったらロシアのVISAがあればいいんだろうけど、今回の計画ではウクライナ。VISAは必要ない。何も準備しないで行くと、窓口で「ウクライナまでの飛行機のチケットと化電車のチケットはある?」と聞かれた。ないです。すると、「本当に日本人はウクライナ入国にVISAが必要ないのか?」と。必要ない。係の人は電話でいろいろ聞いて調べた。けれど、結局それが正しいのかどうか確認できなかったようで、とうとう「それは確か?(Vous êtes sûr ?)」と聞いてくる。「間違いないです!」。それで大丈夫。受理してくれた(みたい)。

5. はVISA料金30EUR。直接そこで払うことができずに、INGの払い込み用紙を渡される。受け取りの時に払い込み用紙をもってくるようにと。それにしても30EURって高い。日本で申請すると(日本人は)1,300円らしい。この違いは!? ただここはベルギー、国籍関係なく一律30EURと。まぁそれはそうか。とにかく、時間は10分ほどで、VISAの完成は金曜日とのこと。

 

ちょっと帰り際にCity 2のFnacに立ち寄る。なんか新しい興味深い本が出てないかな、と。これといって発見できなかったんだけど、一つ、Georges Lebouc さんの本が大量に並んでいた。この人は1996年に『Le belge dans tous ses états』を書いている人なんだけど、最近毎年のように本を出しているみたい。

 

     ・2008 Dictionnaire érotique de la francophonie, Racine.
     ・2007 Parlez-vous le politiquement correct ?, Racine.
     ・2006 Dictionnaire de belgicismes, Racine.
     ・2006 Boire et manger en bruxellois, Le Cri.
     ・2004 Comment engueuler son prochain en bruxellois, Le Cri.

 

ずっと『ベルジシスム辞典(Dictionnaire de belgicismes)』は買いたいと思っているんだけど、古本屋さんで安くあったし、重いのでまた購入せず。上の2つの「辞典」を購入。フランス語、ベルジシスム、ブリュッセル語、広いようで狭いようで。彼にとっての「ブリュッセル語」の捉え方はどんな感じなのか、気にはなっている。

 

<i>Parlez-vous le politiquement correct ?</i>      <i>Dictionnaire érotique de la francophonie</i>

 

2009年3月18日(水) :博士論文, Noir Dessin Production, ワロニー語

 

博士論文おしまい。

 

後はコピー、製本、提出をお願い。この三ヵ月、大変ではあったけど、なかなか楽しい時間だった。現段階で出来る限りのことはした。燃え尽き症候群にならないように。さて、社会復帰をしなければ。

 

今日は、というよりここ数日ものすごく良い天気。15℃くらいかな。春が来た!? 昼からムーズ川を越えてリエージュ散策。本日の目的:ワロニー語の書籍を出してるNoir Dessin Productionという出版社が、ワロニー語のいろいろなお土産を作っているという話を聞いていたので、それを購入する。とくにグラスがなかなか素敵な感じで。

リエージュ東部の Grivegnée 地区。途中までバスで行って徒歩。住所を頼りに行くと、ふつーの住宅街。どうやらお店という感じではないらしい。実際に倉庫のようなもので店舗はない。どうしようかなとは思ったけど、ベルを鳴らす。なかからおばちゃんが出てくる。「ワロニー語のグラスを買いたいのですが」というと、「ここでは買えない」と。professionnel だと。日本でも出版者に直接行っても本は買えないのかな。

 

ベラルーシ大使館  ベラルーシのVISA  ベラルーシのVISA

 

ただし、おばちゃんは優しく、街中のお土産物屋さんで帰るよと教えてくれる。ここまで来る意味なかった…。おばちゃんはさらに、そこから最も近くで買えるお店を紹介してくれる。さらに東に行った「Chênée 地区の区役所の前にある本屋」。街の中心で買えるとのことだけど、せっかくおばちゃんが教えてくれたので、そこへ向かうことにする。徒歩で10分くらいということだし。

迷い迷いその本屋に辿り着く。聞くと店の奥からワロニー語のマグ・カップを出してきてくれる。ただし、グラスはなくこれだけ。値段を聞くと、いろいろ調べるも分からない。後ろに待つお客さんも増えてきたので、「また来ます」と言う。店の人は「それがいい」と。どうやらパトロンがいないのでよく分からないとのことらしい。いい散歩にはなった。

2009年3月20日(金) :VISA, ベラルーシ, GO-PASS

ベラルーシのVISAを取りに行く。VISA代の銀行払込票を渡してしばらく待つ。「向こうに英語のベラルーシ情報があるからそれを読んで待っていて下さい」と。その『ミンスク・タイムズ(The Minsk Times)』はなかなか面白い。国はこれほど活動してますよ~アピール誌。

それにしてもとてつもなく優しい対応。国関係、行政関係、事務関係の人に丁寧に接せられるのはどうにも気持ち悪い。最後には優しく「Bon voyage !」とまで。皮肉か。

 

ベラルーシのVISA

 

そういえば、GO-PASSが71EURから73EURに値上がっていた。そして、ブリュッセルでフランス語で買ったのに、オランダ語版のGO-PASSを渡された。新手の嫌がらせか。

2009年3月21日(土) :図書館, 古本屋, ワロニー語辞典, Jean Haust

今日もとっても良い天気。もう春だね。

街の図書館に本を返却に行く。この図書館、平日はお昼からしか開かない(13:00-18:00)。土曜日だけ午前から、と言うより午前だけ(9:00-12:30)。当然、日曜日はお休み。図書館で偶然、ワロニー語の先生に出会う。

 

ついでに、古本屋に Jean Haust(1868-1946)ワロニー語辞典を買いに行く。これまでないないと何度か書いてきたけど、ようやく売っているところをネットで発見。リエージュにある行ったことない古本屋だったので行ってみる。街の中心にあるLa Sirène というお店。

なかなかしぶいおっさんが店主で、本が整然と並べられているタイプの古本屋。古本屋はこのタイプと、雑然と積まれているタイプに大別できると思う。おっさんに聞くとすぐに発見。なんとなく癖で Haust を「ハウスト」と呼んでいたんだけど、言う度に「ホースト」と訂正されながら、おっさんの丁寧な解説を受ける。

この Jean ホーストのワロニー語辞典は、「リエージュのワロニー語(Le dialecte wallon de Liège)」というシリーズで以下の三巻から成っている。

 

     第一巻:Dictionnaire des rimes ou vocabulaire liégeois-français groupant les mots d'après la prononciation des finales.
     第二巻:Dictionnaire liégeois.
     第三巻:Dictionnaire français-liégeois.

 

初版はそれぞれ1927年、1929-1933年、1948年。

それで、お値段は、第二巻(これが欲しい)が43EUR、第三巻が35EUR。まかりません。とくに第二巻は「新しく製本済み(relié)」だからと繰り返し、一切まかりません。

いや~おっさん、なかなか渋いことをしてくれる。と言うのも、ネットではそれぞれ35EUR、15EURと提示されていたのを確認済み(Livre-rare-bookでも、Antiqbookでも、Abebookでも)。どうにもまからんので、また来ます、と。

ネットで注文してみようかな(笑)。

 

ベラルーシのVISA

 

※「Peket(=ジン)ばっかり飲んでると袋小路にはまっちまうよ」というパネル。決して実在するものではない。

2009年3月22日(日) :グラン・クルティウス博物館, Paul Delvaux展, ワロニー語劇, トリアノン劇場, リエージュ料理, sirop de Liège

日本からお世話になっている先生がいらっしゃったので一緒にリエージュ巡り。

まずはグラン・クルティウス博物館(Grand Curtius)でやっている Paul Delvaux 展「De demain à Delvaux」へ。この Delvaux 展は昨日から、そしてグラン・クルティウス博物館自体も3月7日にリニューアル・オープンしたばかり(クルティウス博物館、ガラス美術館、武器博物館なんかをひとまとめにしたよう)。オープンして間もないためか、なんとも mal organisé な感じで。係の人の教えてくれた道を行っても行き止まりだったり。なーんもない部屋があったり。

 

Curtius博物館  Delvaux展  Curtius博物館

 

昼からは、ワロニー語劇を観劇。唯一の職業劇団でもあトリアノン劇場(Théâtre du Trianon)。料金は10EUR。なかにカフェテリアがあるということなのでそこでランチ。カフェテリアに入ってびっくり。想像通りでもあったけど…。みんな70歳以上のおばあさんやおじいさんで溢れている。なんとなく老人クラブのサークルみたいな感じ。相当に部外者が立ち入るのは難しいような。とは言え、排他的であるわけではなく、なんとなくみんなこの「異者」が気にはなっているよう。まぁ十分に浮く。

演目は « Li scole ås sotrèyes » という喜劇。辞書を頼りにフランス語に置き換えると « L'école aux bêtises » てな感じかな。喜劇ということもあって、吉本新喜劇をほうふつとさせるドタバタ劇。450席がだいたい埋まった客席は大爆笑。私、まったく理解できません…。劇は三幕。幕の合間には、カフェテリアに戻って飲み物。席は予約制、予め幕の合間の飲み物などを注文しておいて、休憩に入りカフェテリアに行くと飲み物が席に既に用意されているというシステム。難しい。

 

カフェテリアの席がないくらいの大盛況。どうやらおじいさん・おばあさんは毎週(週ごとに新しい演目)来ているようで、劇場の方は「みんな大家族(grande famille)」と言っていた。リエージュの街からも大きな助成を受けているようで(写真:下右)、社会政策または文化政策としては大きな成果を得ているということでしょうか。とは言え、これを方言の「復権」という視点から眺めてみると、あまり好ましい状況とは言えない。つまり、「方言」の世代間継承という点ではこの「ワロニー語劇」はそれほど大きな役割を果たしていない、と感じた。もちろん、一種の「老人会サークル」として老若混成ではない空間を提供するという意義は当然あるんだろうけど。まぁ、この光景を見れただけでも僕にはいい経験になった。

 

Trianon劇場  Trianon劇場  Trianon劇場

 

劇場にはいろいろなワロニー語関連グッズが売られていたけど、その中で Stasse, Simon (2007) Le wallon liégeois contemporain を購入(38EUR)。ちょっとお高いけど、「ワロニー語 → フランス語辞典」、「フランス語 → ワロニー語辞典」、「ワロニー語文法書」、「ワロニー語動詞活用表」がひとつになった703頁の大著。なによりもこの本の存在を知らなかったので、思わず買った。

 

« Le wallon liégeois contemporain »

 

最後はAmon Nanesse Restaurantでディナー。これは「ペケの家(Maison du Peket)」(⇒2月11日の日記)と同経営のレストラン。リエージュ料理が食べられる。雰囲気もとっても良くて大満足。アントレはタルティーヌ、これは Herve のチーズと sirop de Liège というリエージュの名産が組み合わせれているもの。この組み合わせがすっばらしく素敵だった。

 

Amon Nanesse Restaurant    Amon Nanesse Restaurant

 

2009年3月23日(月) :徒歩, マーストリヒト, Transactiekosten

朝5時、まだまだ真っ暗な中、家を出発。マーストリヒトへ徒歩で向かう。これは我が友発意の旅プランで、酔った勢いで「よし行こう!」となっていた。彼が算出したところによると距離は32kmということらしい。で、時速6kmで5時間くらいの行程の予定。どうせなら、フーロンも通って、マーストリヒト行ったついでに、ドリーランデンプント(Drielandenpunt)まで足を伸ばそうと僕の意見も付け加えた。その結果、早朝の出発に。

ここのところずっと天気も良くて暖かい日が続いていたのに、この日は日が明けても太陽が顔を出さない。そして、日が昇るにともなってどんどん寒くなっていくような天気。寒い寒い。地図がないのでとりあえず、ムーズ川から出来るだけ離れずに下っていこうという作戦。これがなかなかの工業地帯が続いて、工場の敷地内のような所に入ったりといろいろ大変でした。

 

マーストリヒトへの道  マーストリヒトへの道  マーストリヒトへの道

 

とりあえず、9時頃にヴィゼの街(Visé)着。ベルギーの鉄道では国境駅の街。このヴィゼの自治体の北側にあるのがフーロン(Voeren / Fourons)の自治体。言語境界線を「凍結」する有名な1962年11月8日の法律(発効は1963年9月1日)で自治体の所属がリエージュ州(フランス語圏)からリンブルフ州(オランダ語圏)へ変更された自治体。1970年代、80年代には「フーロン問題」を引き起こすことになった自治体。リエージュ州の中にあるリンブルフ州の飛び地。オランダ語圏だけどフランス語話者には「言語的特例」が与えられている自治体(faciliteitengemeente / commune à facilités)の一つ。ということでオランダ語が上の二言語表記。バスも De lijn になる。街の看板、どちらかの言語が「いたずらで」消されてはいなかった(笑)。

 

Voeren / Fourons  Voeren / Fourons  Voeren / Fourons

 

さらに2kmほど歩くとオランダとベルギーの国境。ただし、国旗など国境を示すものは何もなし。どこが国境かわからない。恐らくはかつて国境の施設があったであろう場所を見つける(写真:下左)。近くにいたおばちゃんに聞くと、国境はそこで、ここはベルギーだと。後で調べてみるとなかなか複雑な国境線らしい(地図)。

さて、ここで体力の限界。だいたい全行程の3分の2くらい。いろいろ遠回りしたのでおそらく25km弱くらいは歩いたのではないかと。ここからマーストリヒト行きのバスは時刻表にはあるけど待っていても来ない。仕方ないので一度ヴィゼまで戻って電車でマーストリヒトに行こうとする。けど、反対車線に「Taxi」と書かれたマイクロバスが来たので、聞いて見るとそれが公共バスということ。一日乗車券(Dagkaart)を購入して(4.2EUR)、途中で大きなバスに乗り換えてマーストリヒトへ。マイクロバスは Veolia という会社が運営しているもので、どうやらオランダのリンブルフ州の公共交通の運営を委託されているみたい。ものすごく大会社のようだけど知らなかった。

マイクロバスの運転手さんはいい人だった。いきなり「英語?フランス語?」と聞かれて、「フランス語」と言うと、「僕のフランス語はとってもひどいけど」と言いながら頑張っていろいろ教えてくれる。まず、「オランダ語?」ってきかないのがなんとなくオランダ人だな~と。ベルギー・フランス語圏 → ベルギー・オランダ語圏 → オランダという「グラデーション国境越え」、精神衛生上良い。

 

国境  Veolia  Veolia

 

マーストリヒトに着いたはいいが、ものすごく寒く、体はぼろぼろ。それでも40分程街を歩いて帰ることにする。それにしても物凄く人がいなかったんだけど。店もだいぶ閉まっていて。何故? 大好物ハーリングも食べれず。

マーストリヒト-リエージュ、鉄道で28分、4.8EUR。鉄道って文明の利器だな。あっ、オランダ国鉄!窓口で切符を買ったら「手数料(Transactiekosten)」をとりやがった。0.5EUR。窓口を使うと発券一枚につき徴収されるようだけど、リエージュ行きの切符は自動販売機で買えなかったし…。これはきたなくない!?

2009年3月24日(火) :リエージュ料理, boulet liégeois, ベルギー研究者

お昼にランチ、L'Industrieというお店。リエージュ料理を食べておきましょう週間。このお店もリエージュ料理と進められていたお店。「リエージュ風ミートボール(boulet liégeois)」とビア―で軽く。うーん、一昨日の Amon Nanesse Restaurant の方が雰囲気も味も断然よいかな。

その後、関西ベルギー研究会で知り合った在オーストリアの研究者の方と会う。大学で待ち合わせて、大学前のカフェでビア―。Leuven大学で博論を準備している方もまじえ。それにしても、ドイツ語、オランダ語、フランス語が扱えるってのは純粋に羨ましいな、と。いろいろ刺激になりました。

2009年3月25日(水) :『ベルギーを知るための52章』, 石部(2001)?

小川秀樹(2009)『ベルギーを知るための52章』明石書店、を読んだ。

まず、ページの裁断ミスがある本だった。明石書店とかでもあるんだね、と感動。ちょうど、「まえがき」と「もくじ」の部分の下の部分が袋綴じ状態。で、それらは上下が他のページより短い。ペーパーナイフで切りながら読む「古い洋書」感があってよい。ちょっとミスがあるこの「ベルギー本」が海を越えてわざわざベルギーに来るなんて、数奇な運命。ということで、そのままにする。よって「まえがき」は読めない。

 

『ベルギーを知るための52章』

 

小川さんは1994年に『ベルギー:ヨーロッパが見える国』(新潮社)を書いている。この本はベルギーに関して非常に広範な分野について紹介していて、まさに「ベルギー学」入門のための良書だと思ってる。それからちょうど15年が経ての、新しいベルギー本が上梓された。前著がベルギーを知ることで「ヨーロッパを知る」ことができるとしていたものが、この度はベルギーを知ることで「世界を知る」ことができるとの立場でベルギーに関する情報が記されている。もちろんそれは、国内にゲルマンとラテンが対峙するという地政学的条件に由来する。

学術書ではないのでそれぞれの項目はそれほど深い内容ではないけれど、それでも十分すぎるほどのトピックを扱い、関心のあるものを自分で調べる出発点になる。特に独立以前の歴史の記述は相当に広くて深いと思う(その分、独立後の「歴史」がちょっと簡単すぎるのかなと言う気もするけれど)。その他、ビールやフリットから芸術まで。意外と盲点だと思う、ベルギーとアフリカの関係も丁寧に解説されている。後半には、各都市のしょうかいもあるので、ベルギー旅行の際は行きの飛行機の中でささーっと読んで観光を始めるという旅行ガイド的用い方も、面白いかもしれない。

 

それで、ありがたいことに、ワロニーの言語状況についての二つの章

     20章:おもしろいベルギーのフランス語? ★標準フランス語のベルギー方言?★
     21章:ワロン地区の言語事情 ★フランス語=ワロン語?★

で、僕がかつてモンスに留学していた際に書いた「駄文」を参照していただいている。ただし参考サイトとして挙げられているアドレスは、昨年AOLのひどい仕打ちにより、アドレスが変わっている。現在は:「ベルギーにおける言語状況:「言語戦争」と「言語境界線」」(http://naoto19.yukimizake.net/2001Mons/situation_linguistique/gengo-jokyo.html):にお引っ越し。

学部生時代の2000-2001年にモンスに留学していた。そのまま9月卒業したので、制度上「卒業論文」を書く事が出来なかった。まぁいろいろありまして…、通常より多く在籍していたこともあり、是非「卒業論文」は書きたかった。それで、そうだ勝手に書こう!と留学も終わりかけたころに、留学中に知り得たものをまとめたものがコレ。裏テーマは、「10万字の文章を書こう!」だったのを覚えている(その頃から、長く冗長なものを書きたい癖があったみたい)。ということで、言うなれば、石部(2001)というものの存在を自分で再発見した。

読み返してみて、、、たった8年前なのに、、、ひどいな、と。いくつかの事実誤認と、無数の誤解を招く箇所。間違った情報は直さないといけない、けど。結論部で「(結局)分からない」と言い切る潔さはとても好きなんだけど、いまこれをやるとひどく冷たい視線にさらされるでしょう。本当はこの「過去」をさらっと消し去りたいくらいだけど、ひどいものでもサイトにおいてきたものだからそれを置き続けるってのも意味があるのかもと。8年後には(どうにか)博士論文を書けるくらいまでにはなるという人間の成長力を示すためにも。いやーそっか、学部出てから博論提出までに8年かかっているのか…。回り道するタイプ。

それにしても、いろいろ論文書いてきたけど、コレの方が参照していただく機会が多いのは哀しいな…。時間があれば、こんな感じの「ベルギーにおける言語状況」の紹介文を今の立場で書き直したい。

2009年3月26日(木) :トゥーン劇場, マリオネット, ムール貝, Mort subite

お忙しいところお時間を割いていただいて先生とマリオネット観劇。

開演は20:30分でその前に腹ごしらえ。どうせということでイロ・サクレ地区(Îlot sacré)へ。そう言えば、行ったことがなかった。で、驚く。あんなに「呼び込み」がいるんや?日本語まで…。ベルギーにそんな所があったとはちょっと感動。何事も経験しないと分からないものです。驚いた。

まぁどこでも同じでしょうということで、「シェ・レオン」の向かいのお店へ(「シェ・レオン」がチェーン店だとは知らなかった。てっきり高級店だと思い込んでいた)。このお店がなかなかナメタお店で…。ムールを注文してからずーっと音沙汰なし。後で分かったことだけど、団体客の予約が入っていて心ここにあらず状態だったみたい(お詫びの品としてビールを一杯頂いた)。さらには、ベルギービールが専用グラスに注がれていない!! これはアルマジキきでしょ。淡いChimay…

そうとうに観光客向けナメタ感満載のお店だったのでムール貝も皿で来るのでは!?とびくびくしていたけど、それはまともだった。セメテモ。

 

ムール貝  ムール貝

 

開演までのちょっとの時間、近くの「À la Mort Subite」へ。行ったことなくて、行ってみたかった。アール・ヌーボー様式のしぶい店内で、ガヤガヤ。この雰囲気はとっても好き。Hopusというビア―も初めてでした。

 

À la mort subite  À la mort subite  À la mort subite

 

さて、観劇。トゥーン劇場。華やかな通りから細い路地へ。幕の合間には劇場の下の階のミュージアムでOrval。これはすごーーーくいい。最後はFaroじゃろ。

 

トゥーン劇場  トゥーン劇場  Faro

 

中央駅0:05発の最終電車。RAIL-PASSに思わず前日の日付を記入してしまうも車掌さんは理解してくれた。リエージュ着、定刻通り 1:23。

2009年3月27日(金) :多言語表示研究, ワロニー語, OpenSUSE, Rockbox

ほんとは(外国におけるって限定で、日本は…)「多言語表示研究」ってどうかなって思っている。それ「もう」普通だし。「それは象徴的なものです」という発言は分かるけど、もし「復権」っていう視点があるのなら、そのような象徴なもので留まっているということのほうが重要じゃないかなって思う。えっと、もう、ワロニー語単一話者はいません!から。わざわざそれを調査しに(写真撮りに?)高い飛行機代使わないほうがいいと(出るのかな??)、私は思います。

 

で、そう言いながら「象徴的」活動を気にしまくっているわけですが↓。

   ・OpenSUSE en wallon:http://walotux.walon.org/spip.php?article31
          Linuxのワロニー語ローカライズ版。これはもう「象徴的」活動の最たるものだと。
          けど情報技術系の「新語」を考案しているわけで後々大きな効力を発揮するかも。

   ・Rockbox:http://users.skynet.be/catzi/rbw/
          iPodやMP3リーダのためのファームウェアRockboxでワロニー語表示をって。

 

美しい自家撞着。

2009年3月28日(土) :ワロニー語/ワロン語, ヘント/ヘンク

うぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん。

昨日の夜、ワロニー語の復権運動に携わる人とSkypeで話をしていた。ふと、« li walon / le wallon » は日本語で何というかという話になった。ここ数年間、僕はずっと「ワロニー語」という用語を使用している。確かに、日本語の慣習では圧倒的に「ワロン語」だし(Googleでざっと見ると、「ワロニー語」123、「ワロン語」15600)、確かに周りにも賛同者はいない。けど、それを博論でも使用した。とりあえず、認識しているその用法のメリット・デメリットは以下のようなもの。

     + 「フランス語」(国名+語)との非対称性の解消
     - 日本語の慣習からの乖離(=先行研究の不連続性、検索の困難さ)
     - 現地語表記の採用の原則からの逸脱
     - 日本の社会言語学の現在的潮流からの逸脱(現地語表記+「形容詞形+語」)

数の上ではデメリットの方が多いけど、それでもフランス語「名詞形+語」とワロン語「形容詞形+語」という非対称こそが大きな問題だと考え、よかれと思いフランス語と対等になる「ワロニー語」という用語を使用してきた。現地語表記の原則は、ワロニー語ので「ワロン」は « Walonerèye » や « Walonèye » など、さらに発音も地域ごとに違うので、仕方なく「ワロニー」を選択したというところ。

 

それが、彼と話をしていて、もう一つ別の「デメリット」が見つかった。それは、ワロニー語の復権を望み運動を行う彼が「ワロン(walon)」という用語をより大事に思っているということ。フランス語の « Wallonie » という用語もそうだが、その出現は圧倒的に新しい。フランス語の場合は Grandgagnage の手により1844年に(現代的な意味で)初めて用いられている。その反対に、« walon / wallon » は遥かに昔から用いられている。それ故に、より愛着があるということだと思う。その原初性を大切にしたいということ。

「フランス語」という用語を今さら「フランセ語」に変えることの困難さ(不可能さ)と、実際に活動する人の想いを出来るだけ反映させたいという気持ち。それで結局、考えはまとまらなかった、し、今でもまとまっていない。

うぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん。

 

本当は今日ヘント(Gent)に泊まりがけで行く予定だった。今日、W杯予選でベルギー代表とボスニア・ヘルツェゴヴィナ代表の試合があるのでそれを見つつと。この試合、ずっとヘントで行われると思い込んでいた。それが実は、ヘンク(Genk)だった。ヘンクの街に泊まりがけで行ってもな。さらにはチケットが一番高い席しか残っていないということ。断念。ベルギー代表に75EURは使えない。

なんでベルギー代表の試合を、フランデレンの一都市でやるのか。これまではずっとブリュッセルのボードゥアン・スタジアム(Stade Roi Baudouin)で行われてきたのに。聞くところによると、年初めからボードゥアン・スタジアムが改修にはいっているかららしい。だから、ベルギー代表のホーム試合が今年の前半は一試合しかないわけか。でも、ナショナルチームの試合をフランデレンでやるってのは、なんかきな臭い。

 

研究記にしたかったけど、どうにも観光記・旅行記になりつつある今日この頃。いや、来月はもっとそうなります (-。-)y-゜゜゜

2009年3月29日(日) :サマータイム, 「移動」, シャルルロワ空港

サマータイム導入。威力ある。夜の8時を迎えてなお明るい。いよいよ夏。

 

暗くなってから「移動」に出る。「旅」のための手段としての「移動」ではなく、「旅」を手段とした目的としての「移動」。3月末では最もお得感が高いと感じた、Ryanairのラトヴィアのリーガ(Riga)行き。25.48EURで約3,400円。これに手数料など15EUR。Ryanairは空港でチェック・インするのに手数料がかかる、そして非EU住民はセルフ・チェックインができないので、必ずこれを払わないといけない。これは「差別」ということにはならないのでしょうか。

シャルルロワ-ブリュッセル南空港(Aéroport de Charleroi Bruxelles-Sud)はシャルルロワ南駅(Charleroi-Sud)からバスで20分(⇒TECの時刻表)。これが「ブリュッセル南空港」なのか「シャルルロワ空港」なのかは微妙だけど、いわゆる格安航空会社専用の発着場としてワロニー地域(Région Wallonne)の肝いりで2000年代初頭に開港された。ちなみに、ブリュッセルの中心からは50km弱で、シャトルバスも走ってる。

 

格安航空会社の常として飛行機の出発時間が早い。とりわけリーガ行きは一番飛行機(?)の6:20発。この時間の40分前にはチェックイン・カウンタが締め切られるので少なくとも5:40には空港にいないといけない。さすがにリエージュからでは間に合わない。そもそも駅から飛行場へのバスがない。つまり、シャルルロワの街に泊まっても無理。かといって飛行場近くのホテルに泊まるのもばかばかしい(3軒ほどあって一泊50EURぐらいから)。ということで、空港泊しか選択肢がない。いくら小さな空港といっても24時間開いてるはずでしょう。

 

リエージュ 20:50 電車(NCB)
シャルルロワ 22:19
23:05 空港バス(TEC)
シャルルロワ空港 23:20
   

                                       

 

・バス(シャルルロワ駅-空港) 2.5EUR (≒350円)

2009年3月30日(月) :空港泊, ラトビア, リーガ, リトアニア, ヴィリニュス, Eurolines, Lijn

シャルルロワ空港 6:20 Ryanair
リーガ空港 9:45
10:14 空港バス
リーガ市内 10:45
12:30 Eurolines
ヴィリニュス 16:50
   

Riga の市場 

結果から言えば、シャルルロは空港での夜明しはなんの問題もなかった。当然24時間オープンで、安全面はの心配も全くなし、明るい雰囲気。空港は夜も大盛況。着いた時には既にベンチはなし。床に場所を確保しそこで一泊。トイレも無料できれいだし。何の問題もない。店は閉まっていたけど。

リーガ、定刻着。寒い寒い。空港前のバス停から市内へ。「バスの系統が一つしかないから」とインフォメーションのおねんさん。

空港のATMで現地通貨を手に入れ空港バスでこの「移動」初めての現地通貨払い。バスの女車掌に料金を尋ねると0.4LVL。5LVL札で払う。こまかなお釣りを返してもらい、数えてみると3.6LVL。はぁ。車掌のもとに行って「足りない」と言うと「No」とえらく感情的に。はぁ。しょっぱなからめんどくさい。結局こちらの訴えは聞き入れられずに。しょっぱなから。。。

リーガからヴィリニュス(Vilnius)へはぜひ鉄道でと思っていたけどどうやら昼間の電車はないよう。しかたがなく、近くのバスターミナルでバスのチケットを購入。バスを待っているとやってきたのはなんてことはないEurolinesのバス。それも豪華版。一番の後ろの対面シート4席を独占。快適には違いないけど拍子抜け。

そういえば、ヴィリニュスの街に Lijn(フランデレンのバス会社)のバスがそのままのデザインで走っていた。これは途上国で「○○運送」と書かれたトラックがそのまま走っているのと同じ状況か。でもリトアニア先進国でしょ。

 

:: 1LVL(ラッツ)≒190円で計算 ::
・空港バス 1.40 LVL (≒266円)  ※本当は0.4 LVL...
・バス(Riga-Vilnius)12.00 LVL (≒2,300円)    ・ビール(500ml) 0.55-0.6 LVL (≒110円)
・サンドイッチ 0.55 LVL (≒110円) ・煙草(40本) 2.6 LVL (≒490円)
 
:: 1Lt(リタス)≒38.9円で計算 ::
・電車代(Minskまで)23.47 Lt (≒910円)   ・ホテル 62.00 Lt (≒2,400円)
・ビール(500ml) 2.80 Lt (≒110円)

2009年3月31日(火) :ベラルーシ, ミンスク, サーカス, 国立図書館

ヴィリニュス 6:37 鉄道
ミンスク 10:40
20:50 夜行電車
(キエフ) (8:50)
   

国立図書館 

まだ暗い6時にホテルを出て駅へ。そのままホームに行くと電車は止まっているけど誰もいない。なんか旧国鉄臭(文字通りの意味で)のする車両。ベラルーシの国境検査官が持っていたパソコンも、隣の女子が使っていたパソコンもTOSHIBA、大人気。

ミンスク(Мінск)について一服してすぐに国立図書館へ。これを見るのが今回の「移動」のテーマの一つ。BOCTOKという地下鉄の駅で下車してすぐ、地上に上がると目の前にがんと現れて思わず笑みがこぼれた。朝はまだ寒かったけど、この頃には非常によい天気になって心地よい。

この首都、広くて開放感があって、そしてきれいな街。あまり食べ物や・屋台がなかったんだけど。

 

:: 1BYR(リーブル)≒0.035円で計算 ::
・電車代+寝台(Kievまで)121,280 BYR (≒4,250円)    ・トイレ代 320-500 BYR (≒15円)
・荷物預かり 1,120 BYR (≒40円) ・地下鉄(均一) 600 BYR (≒21円)
・サーカス 16,310 BYR (≒570円) ・ピロシキ 680 BYR (≒24円)
・煙草(現地銘柄) 2,000 BYR (≒70円) ・煙草(MILD SEVEN) 3500 BYR (≒123円)
・ビール(Bar) 5,100 BYR (≒180円) ・ビール(500ml) 2,720-3,500 BYR (≒110円)

 

 

 

4月前半へ



石部尚登(いしべなおと):naoto19@aol.com