定刻にAvignon着。危険を感じていた若者たちも煙草を吸って喋っているといい奴らで最後に「Bon Voyage !」と一言もらって気持ちよく分かれる。Avignonの駅は朝早くから人で溢れていた……。何度「Pardon」と言ったか、多分パリ行きのTGVに乗る人達なんやろう。
朝からお腹が痛い。駅のトイレはホームにあって、なぜかフランスには珍しく改札みたいのをやっていて、駅員にトイレ行かせてというと、「人が多いから駅のカフェでトイレ借りたほうが言い」と言われる。けどカフェのトイレは『お客さんに限ります』と鍵がかかっている。仕方無いので腹痛くないということにして、荷物を預けあわててバスターミナルへ。時刻表を見るとバスは7:40、たっぷり時間があるので、たっぷりトイレにいれる。助かった……。けど男子トイレの個室は全部鍵がかかっているので、仕方なく女子トイレを借りた。大丈夫でしょう、誰も人なんていないし、緊急事態やし、それにおばちゃんもよく男子トイレ使っているから。おあいこ
バスは40分程で"Pont du Gard"最寄のバス停につく。そとは大雨、けどもちろんそこで降ろされる。傘なんて持ってない。雨が止むのをトイレとカフェでゆっくりと待つ。まぁカフェのお姉さんに聞いたら「今日は1日中雨。C'est dommage!」ってことなんだけど、小降りにはなってくれんことには。1時間ちょい時間をつぶし小降りになったところでいよいよ"Pont du Gard"。僕が行った頃には誰もいなかったので禁止となっている最上階を歩かないことにはと両端で様子をうかがうが無理。頑丈に塞がれている。まぁよかった。
帰りのバスは13時過ぎにしかなく(噂にたがわぬ不便さ)、ぼっとしてるのも辛いので途中の街Remoulinsまで歩くことに。4Km程ということ。来る途中のバスでその町にSNCFの駅があったのを確認していたのでもしかしたらいい接続があるかと。雨もかなり上がって来ていてわりと暖かかったので気持ち良く見渡す限り畑の道を歩く。けど全然街が見えて来ないので不安になって畑で野菜を採っていたおじさんに「あとどれくらい?」と聞くと、送っていたると。トラックの荷台に乗せられ送ってもらう。少しドナドナの気持ちが分かった。なんか売られに行くような。物悲しい気持ち。けど感謝。
町の入口に降ろされて駅まで向い始めたらまたかなりの大雨に。もう完璧に濡れていたので吹っ切れている。いいよ別に。寒いけど。で、駅に着くとシャッターが降りている。もしや廃止?確かに"Tomas Cook"にそんな路線のってなかったし。色々張り紙を見ていると『ホームには勝手に行ってください』とあるので多分電車は走っているんでしょう。で、土・日は運休ということなんじゃないかな。よく分からんけど。まぁとにかく今日は電車無し。もう1つ興味深い事が書かれていたので後述。慌ててバス停に行ってもいいバスは無し。Nime行きのバスがあったのでそれに乗ろうとしたけどバスは停まってくれなかった……。バス停が違うんかなと色々尋ねながら町の中を行ったり着たり、雨に濡れながら。結局バスに乗ったのはその"Pont du Gard"を13時過ぎに出るバス。最悪。そしてそのバスに乗る頃には雨も上がり太陽が出てきた。
パリまでのTGVはさすがに快適。時間がなくてAvignonの街を歩くことが出来なかった。まぁ法王庁とアヴィニオン橋はバスの中から見た。以上。
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| Pont du Gard |
| ドナドナ
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Dans cette gare du 15 au 17 août 1944
a stationné un train de 700 déportés
à destination de DACHAU
la population et les cheminots
en ont aidé a s'évader
CIGARROA LEON D'ARCACHON (GIRONDE)
mort d'épuisement a été inhumé
dans le cimetière de Remoulins
que personne n'oublie
最初は駅が誰かの尽力によって建てられましたよー、っていうことかとおもって読み始めたんやけど。違う違う。確か、Dachauはミュンヘンの近くのナチス・ドイツの最初の強制収容所。こんな所からも収容所に送られたんやね。なんとなく当時の光景が想像できて雨の中読みいった。なんせ時間がかかるので。興味深い。
『1944年8月の15日から17日にかけてのこと
この駅2700人の抑留者を乗せた電車が停まった
その電車の行く先はDACHAU
住民たちと鉄道員たちは
力を合わせ彼らが逃げ出すのを手伝った
CIGARROA LEON D'ARCACHONは
その中で力つき命を落した
彼は今Remoulinsの墓地に眠っている
誰も彼の事は忘れない』
パリでは同じ学校の人達と会った。先生にも会った、っていうかこっちがメイン。全くもって色々御馳走になった。楽しかった。
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