2月1日(木)           
やっぱり風邪っぽい。そんなにはひどくないから大丈夫やと思うけどぼーっとしている。昨日は何がなんでも寝なと思い、眠れんけど布団の中でじっと我慢していたら9時ぐらいには寝れた。朝起きたんが9時前なので12時間近く寝たことに、久しぶりの睡眠。しかし快適な寝覚めよりも寝疲れ目がぱんぱん。朝の授業もぼっとしていて、さらには昼寮に戻って来てびっくり。鍵がない。っていうか朝持って出た記憶がないので多分部屋の中に置きっぱなし。はじめての締めだし。一瞬迷うも簡単なこと、管理人の所に行けばいい。昼休みの管理人やけど戸をトントンしてよんで事情を説明。説明する前に「J'ai oub...」と言った時点で気付いたらしくすぐにスペアーを用意してくれる。全くことなきやけど、ぼっとしているの説明。
          

  
  
2月2日(金)           
… 旅る …                               

昨日からの雪がまだちらついている。ものすごく物悲しい気持ちになる。「ギリシアに行く」といったら羨ましがられた。確かに昨日から再び猛烈に寒くなってきたベルギーを上手い時期に脱出出来るわけだ。ベルギーも寒くなったので、行く先も寒くて最悪と思っていたけどベルギーよりはましか……、少なくとも。
何度も言うけどなんとなく物悲しい中、Venezia行きの夜行に乗る。本当はMilano行きの電車だけど、金曜日出発のみVeneziaまで足を伸ばす。一挙に行ってしまいたいものだが、南に行くのでそれは出来ない。終点がMilanoでない分だけ乗り過ごす危険性があり不安。一つ心残りはイタリアの日本語ガイドを購入することが出来なかったということ。買えるものと思っていたのでフランス語のガイドも手にいれていない(けどやっぱりガイドは日本語に限る、何と言っても一目見た時に入っている情報量が違いすぎる)。ガイドが好きなんやけど、まぁそれはそれで買えなかったんやから仕方がない。ガイドのない旅というのも楽しいでしょう(ギリシア、トルコはちゃんとあるし……)。
BruxellesからLuxembourgまではオランダで働いているスペイン人おっちゃんと話続ける。英語だったけど、彼はちょっとフランス語が理解出来るので助かる。彼はビールを大量に持ち込んでいて飲み続ける(くれなかった……)、そして何よりも煙草を吸う。吸い終わったら次、また吸い終わったら次。絶対に吸っている時間の方が長い。体に悪いと少し心配した、僕が。
Luxembourg通る際にパスポートコントロールが来る時と来ない時がある。どういうことなんでしょう?今回は来た。「Passport ou carte d'identité.」と言われて、それで終わり。
          

  
  
2月3日(土)           
Napoliでイタリアの洗礼を受けてしまう。夜行でMilanoに着き、その足で"Eurostar Italia"(ずっと混み混み。10000リラ払ったけど予約ではないらしい。席はどこでもよかった)でNapoliへ。今回の旅行のメインともいえる「Napoli-Fiorentina」のチケットを探す。だがどうしてもチケットがない。barで売っているという情報を得ていたので、barはスポーツ屋さんを巡って聞くが駄目。よく「Palermoへ行け」と言われて、なんでパレルモやんやろ、シチリーやんと思っていたらNapoli駅のトゥーリスト・インフォメーションで「その試合はペナルティーでPalermoで行われるようになった」と説明を受けて納得。うーんそういう事もあるんでしょう。で、ParelmoやったらNapoliからフェリーがあって20:00に出たら翌朝の7:00には着くよと丁寧に教えてもらう。このおっさんがまた親切で(日本語で書かれた『私は日本が大好きです。よしよろしければ日本の折り紙など小物があったら少し分けてください』云々とかかれた紙を見せられたけど……)、こいつに限らずイタリア人は皆親切、全く困っている人をほっておけないんやねってな感じの『この人ら親切するために生きとるんちゃうん?」というくらいの親切っぷり。
さて洗礼の話。多分、優しさに飢えていた僕が久々の優しさに触れ少しおかしくなっていたんやろね。警戒心がゼロになっていた。トゥーリスト・インフォメーションのそのおっさんに「もしParelmoに行くんやったら、そして先にチケットを取っておきたいならこのジェントルマンが車でチケット売り場を回って港まで送ってあげるよ」と隣にいたおっさんを紹介された。僕は後の予定も考えず,この際この親切にお世話になってしまおうと考えた。そしてその"ジェントルマン"とやらのベンツに何の疑いもなく乗り込んだ。彼はその後1時間半くらいチケットを取るのに奔走してくれた。スタジアムを見せてくれ、そしてチケットはなかったけど(特別なケースなので当日スタジアムでの発売のみらしいと説明を受けた)、港までは送り届けてくれた。途中このホテルにミランやインテルなどのチームの選手は宿泊するんやと説明を受け、オペラなども説明を受け(僕はこの段になっても「はぁー優しいねこの人は」と真剣に思っていた)、港に到着。僕は高速代(スタジアムへ行くのに高速を利用した)とチップとして5000リラ(300円ちょい←よう考えるとこれ安いね)を払おうとすると、今までのにこやかな顔が一変。「なんやこれ?」と。「高速代」→「お前は勘違いしている」→「はぁ?」→「This is the taxi !」(←こう言った)。「You understand ?」と言われても分かるはずがない。「聞いてない」、「これは君の親切だと思っていた」と言っても埒があかない。近くのいた警官を呼んで(街は警官で溢れている。彼の背中には"Polize Communale"(確か)かかれていたけど、彼は警察?)、事情説明。しかし上手くいかない。彼は面白がっているように見え、全くこっちのものにならん。はいはいOK、分かりました。疲れた。42000リラ(2700円ほど)払う。
本当はこれ絶対に払ったらあかんかった。日本円に換算してまだ安いやん、これだけ観光出来れば文句ないと思ったらあかん。次に来る人のためにもこいつを調子に乗せたらあかんねん。本当に次に来る人ごめんなさい。疲れました。まったくもって後悔しています。集中力が切れていた。乗る前にも途中にも全くタクシーということは言っていない、そして近くのチケット売り場でチケットがないといってわざわざスタジアムまで連れていかれたと思っている。港は凄い近いけどスタジアムは遠い。全く不甲斐ない。
打ちひしがれ、さらには雨が激しく降ってくる。フェリーのチケットを買って(6610リラ、約4300円)フェリーに乗りこむ。けど、急に何か行く気がなくなり、出航直前になってフェリーを降りる。フェリー代まるまる無駄にしたけど、急にピンと来た時は従う方がいい。大雨のなかトラムで駅へ戻る。ここでもおちゃんや若者、トラムの運転手にとてつもなく優しくしてもらう。ここまできて言うんもなんやけどやっぱりイタリア人は親切やと思うね。
Napoliの街はままよい。駅周りの雑然としたところ、細かい路地のさらに混沌とした旧市街、そして高級っぽいベイサイド。特に前者2つの地区は歩いていて面白かった。あまりにも少しの滞在だけど。ゆっくりと時間をかけて街を歩いてもいいかも。何と言ってもマラドーナを神と崇めている人のいる街。悪いわけがない。
夜行でGenovaへ再び北上。行ったリきたりのボロボロの旅となりました。旅下手。
          

  
  
2月4日(日)           
イタリアの電車は込んでいる。週末やしかな?夜行のコンパートメントも久々の4人。3人のおばちゃん、よー喋るし声でかい。しかしまぁ足を伸ばしてゆっくり出来たわけやし、別にいいか。途中Latinaという駅に停車。
朝早くにGenovaの街に着く。日曜日のこんな時間イタリア人が働くわけがなく、caféくらいはと思っていたけど全滅。外で明るくなるまでぼーっとする。気温は14℃あるらしく、それほど寒くないので大丈夫。

Genova Genova の街

Genovaに再び北上したわけはサンプドリア(Sampdoria)の試合を見るため。サンプはかつてヴィアリ、マンチーニなどを要してセリエAを制したこともあるわりと好きなチーム。現在は同じGenovaに本拠地をもつGenoaとともにセリエBに落ちてしまっているけど是非見てみたい。さらにGenoaといえばKAZUが1シーズン在籍していたチーム。KAZUがプレーしたスタジアムを見て見たい。とても趣深いスタジアムだった記憶がある。というわけで昨日の悪い予感に従いNapoliからSampに鞍替えしたわけやけど、これはさらに悪い方へと転がった。トゥーリスト・インフォメーションは日曜日やっていないということなので、切符を予約する際にとても優しくしてくれたお姉さんについでに街の地図を貰い、そしてstadeの行き方を教えてもらう。本当に優しさに溢れている。市内をぶらついて昼過ぎにstadeへ向おうとしてバス案内のおっちゃんにどのバス?と聞いたら「今日は試合がない。明日の20:45だ」とわざわざ紙に書いて教えてくれる。「マジで……」。ちょっと人を信用出来なくなっている僕は近くのキオスクのおっさんにも聞く。「domini」って言っているような気がしたから多分「demain」ってことか。いや「domical」ってことかもと思って新聞を買ってみると(最初からそうするべきやった……)、確かに明日。stadeに行ってみようかなと思ったけど、何か悔しいのでやめ。街歩きを続行することに。果たして今回の旅はぼろぼろぼろ。人の優しさは素晴らしいけど、何か"mal organisé"。僕もベルギー的になってきている……。結局サッカー無し。

La Gazzetta dello sport "La Gazzetta dello sport"
例外的日程のこの2試合を見ようと奮闘した……。
赤い色の新聞なのに写真に取ると白色になる、何故?

夜はPisaに泊ることにしてちょっとだけ南下。実際距離は150kmちょい。しかし普通電車でこの距離を南下するのに5時間近く……。La Speziaを過ぎるまでは10分くらいの遅れで順調(?)やったんやけど途中Marmara(こういうかんじの名前やったと思う)から"Livorno"のサポーターが乗りこんできてそこから電車は遅々として進まない。駅で数10分停まる、ちょっと進むの繰り返し。よく分からんけど彼らの仕業だと思う。電車は彼らに埋め尽くされ、無法地帯。禁煙車なのにマリファナすらOK……。時間が遅れているのに全く意に介さず、日もとっぷりと暮れもうちょっとでPisaという所で対向電車とすれ違う再に、向こうは別のサポータの占領した電車らしく皆が窓を開け一斉に顔を出し罵る。なまじ電車がスピードを落しているもんやから終いには空き缶や爆竹(?)が飛んでくる。絶対非日常。そして電車は止まる……。きっと誰かが緊急停止ボタンかなんかを押したんやろね。そして降りていく、争いに行くんやね……。ちなみにここは駅とは全く関係のない場所。みんなレールに降りていく。無論電車は動けるわけがなく、パトカーが遠くから何台もやってくるのが見える。その後2時間以上遅れPisaに着いた時にはへとへと(僕がね)、でPisaの駅はものすごく厳戒体勢。楯を持った警官が何重にも重なっている中を潜り抜ける。
サポータの大半は終点のLivornoまでいくらしく、何故かみんな窓から顔を出している。すっごい非日常的な光景。終戦直後の電車みたい。ちなみにLivornoはセリエCの1Aで現在3位のチーム。3部リーグやで!?今日はセリエAでも判定を巡ってサポーターと警備員が大揉めしたし(TVで見たけど警備員が真剣に警棒で殴っていた。あれOK?)、もうイタリアではサッカーはスポーツじゃなくなっとるんかな。ここまでにならんと日本のサッカーが強くなれないというなら強くならんでいいと強く思った。サッカーはあくまでやって楽しむ、見て楽しむもの。そして今の日本は十分に強いし、今のままでもっと強くなる。
Pisaはホテルが沢山あるし宿探しは楽。せめて「Napoli-Fiorentina」をTVでは見たかったのでTVのあるホテルを探し宿。ビールを飲みながらピザをつまみ観戦。TVで見ると結構人が入っていた(後で新聞で見たら4万人弱)。そしてNapoli勝利。現在B落ち争いをしているNapoliには貴重な勝ち。ん、ん、生でみたかった……。
1kmということなのでチラッと"ピサの斜塔"を見に行く。中学生の時に社会の便覧で見て以来ずっとずっと見たいと思っていた。夜の斜塔もいいけど、昔見た僕の心にある風景はこれではなかった。明日もう一度行く。
          

  
  
2月5日(月)           
朝起きると喉が痛く、体がだるい。風邪やねこれは。まだ旅は始まったばかり、これ以上にひどくなるとまったくもって散々なものとなるので、今日はちょっと控えめパターンで。駅でRomaまでのチケットを買い(それにしてもイタリアは電車が安い。Romaまで336km。特急料金込みで44600リラで3000円弱)、早速再び斜塔へ。雨が降っていたけどすぐに止む。そして太陽に輝く斜塔はまさしく以前に見て思いを膨らましていた姿。4月の輪島の中学の一教室からここまで繋がった。10年近くの時を経、見事に繋がる。けどその優雅な姿も近くで見ると痛々しいものがある。ロープを張られ、土台の周りを削られている。何とも悲しい塔やね。辺りの公園の含めその美しさは素晴らしかった。大学があるアカデミックな雰囲気もばんばんに感じることが出来る。みんな勉強しているんだよ、僕以外。一番目立ったのは中国人。中国ではここが一番人気かな?Romaへ向う。

Pisa Torre Pendente Torre Pendente 2
Pisa かなり痛々しい。 「真っ直ぐやん」
ってやってみたかった……

Romaに着いて宿。喉がまだ痛い。近くのbarみたいの所でパスタを食う。電気がかんかんと点いていてとても明るい店(文字通り)、隣ではイタリア人若者たちが騒いでいる、居酒屋のよう。またまた言うけど人は極めて優しい。
          

  
  
2月6日(火)           
いつまでも休んでいるわけにはいかないので朝7時半には朝食を食べホテルを出る。時刻表がなくて心配なんやけどAnconaからのフェリーに乗ることにする。で、駅で電車の予約をして発車までの1時間半、コロッセオ(colosseo)見学。中を見たくてたまらなかったので時間が迫ってきているけど9時まで待つ。しかし開門するはずの9時を少し過ぎたあたりで『今日は11時半開門』という張り紙が張り出される。イタリア……。

Colosseo Colosseo

Anconaまで赤白新幹線で約4時間。下車してすぐ港への行き方を聞いて"1/4"バスに乗る。中で切符っを買おうとしたけどそういうシステムじゃないらしく、運転手のお兄ちゃんが「あぁ〜、ええよ」と言ってくれたような気がするのでタダで。パトラスへはフェリーが2本出ていた。後に出発する方(19:00)、"SUPERFAST FERRIES"のチケットを買う。シートのトゥーリストクラスで108000リラ(約7000円)。時間はそれでも最速の……21時間!空いた時間でAnconaの街観光。何もない……。

Ancona ferry
港町Ancona Ancona-Patrasを結ぶ
"SUPERFAST FERRIES"

デッキにはトラックの運ちゃんが多い。別に問題はないが、彼らの声は異様にでかい、彼らの寝言は異様にでかい、そして彼らの屁は異様にでかく異様に臭い。シートでも横になれるし快適。
          

  
  
2月7日(水)           
定刻にPatrasに着く。快晴。あったかい。まるで初夏のよう。早速駅に行きトルコへ抜けるための諸電車の予約しようとするがここでは予約出来ない電車があり、さらには「I don't know.」と。どうもヨーロッパの鉄道とは一味も二味も違うらしい。とりあえず目の前にある電車のチケットを買い(Athèneまで3400ドラクマ、約1100円)、一応ICやし(特急料金は半分近くの1600ドラクマ)ビュッフェもついているということで期待していたが何てことはないただの鈍行。

ferry Patras
今日もいい天気 このキハ58系似のおんぼろが
特急電車……

Athèneに着いて駅をかえてThessalonikiまでのチケットを予約。"寝台車・クシェットのみ"の電車ということで、まぁクシェットでもいいかと思って料金を聞くと「twenty thousand」と言う。これは7000円ほど。これは高いので一度は諦める。しかしどうしてもこの電車に乗りたいので再度確認しにいくと(パスの存在を知らないようなのでそれを説明してヴァリデートしてもらうためもあって)、今度は「two thousand」と。うん?聞き間違え?さっき確かにトゥエンティといった気がしたけど……。2000ドラクマなら700円程で迷わず購入。トゥエンティとトゥーを聞き間違えるかな?最初に行った時に隣にいたおっさんがわざわざ「20thousandやで!(買えんのか?)」って言ってきた。彼も「twenty thousand」っていったような気が……、「two」、あれもやったんかな?それにしても700円ほどのクシェットを買えないように見える貧相な身なり・顔つきをしているんかな?そういえば昨日フェリーの中でもセルフの店で5500ドラクマの肉を買うときに「5500ドラクマやで?」って確認された。この5500ドラクマのときはずっと5500リラやと思っていてむっちゃ安いのにと思っていたけど支払いのときにドラクマと気付いたときにはときすでに時遅し。5500ドラクマといえば約2700円。そんな肉はようよう食べない、大きな勘違いやったんやけど……。
700円クシェットはまぁ別に普通のクシェット。僕はバルカンフレキシーパスにユーロパス式に19:00以降の夜行ということで次の日を書いていたんやけど、検札の車掌が有無を言わさず「今日は7日や!」ちゅうてくるので、本当はどうか分からんけどEuropassの英語の説明を見せ説明。彼はその英語の説明を読むことなくしぶしぶ無愛想に検察。凄い偉そうな態度(これでは客をバスに取られるねこの国。国鉄の悪しき点全開)。さらに同室の人のいいおじいちゃんにもなめた態度を取ったので、僕の復讐魂がめらめら。その車掌からビールを3本買って(500cl1本500ドラクマ、約160円)車掌室の前に陣取って、腰をおろし、そこで煙草をふかしビールを飲む。そしてずっと彼の顔を見続ける。すっごく楽しかった。1:00過ぎに彼らもどっかに行ってしまったので僕も就寝。おやすみなさい。
          

  
  
2月8日(木)           
今日は(っていうか昨日の夜からだけど)移動の日。朝6:25にThessalonikiに着いてまずいcaféを呑んで7:25発のICに乗ってIstannbulに着くのが22:00。丸1日ほぼ電車に乗りっぱなし。幸いThessalonikiからギリシアの国境駅Pithion間でのICはギリシア国鉄にしては珍しく新型車両で1等車のある快適な電車、それでもPithion7時間……。地球は広い。14:35にPithion着。駅以外に何もないような小さな駅。着くとすぐにおっさんがよってきてパスポートを持って行かれる。一応パスポートコントロールということらしい。駅のbarでビアーを購入し暖かい風にあたりながら飲む。美味い。1時間ほどの待ち時間でいよいよトルコへ入る電車が出る。国境を越える国際電車だから長い編成を想像していたけど何のことはない2等車のみの最初からずっとそこに停まっていた客車1両。客はヨーロッパ人のバックパッカーなど旅行者ばかり。

Pithion ギリシア側国境の町
Pithion

15:30Pitionを発車した汽車はすぐに国境を越える。ここでは流れる小さな川が国境となっているらしく、川の両端に両国の検問所の姿を見ることが出来る。ゆっくりゆっくりと20分ほど行くとトルコ側の国境の駅Uzunköprüに着。ここでは結果的には50分近く停まることになる。発車時間を尋ねるが、尋ねる人によってその答えは違う。さらには電車を乗り換えなければならない、このまま電車に乗っていればいいと話しは食い違う。まぁ長時間停車する雰囲気はあるのでとりあえず汽車を降り駅前に数件ある食べ物屋を覗く。お腹が空いていた僕は店先で焼く肉団子にひかれそれを購入。どうやって食べるのか分からなかったけどパンと一緒に食うということらしい。巨大なパンに挟んで食うということ。生憎トルコリラを持っていなかったけどギリシアドラクマでもいいとのことなので1000ドラクマ(約330円)を払う。肉団子を野菜と共にパンに挟んだだけのものだけど、量もあり大満足。それにしてもこの町は雰囲気が素晴らしい。とてつもなく穏やかでゆっくりゆっくりとなにもかもが進んでいる。一度電車が発車してしまった時(この駅で停まっていた長い編成と連結されるために)には、この待ちで一泊してもいいかなーと思った。

Uzunkopru 巨大=約300円
トルコ側国境の町
Uzunköprü
巨大肉団子(köfte)入りパン

電車は15:30にUzunköprüを発つ。時刻表によるとIstanbul着は21:33、6時間の旅だけど、車掌に聞くと22:00着ということらしい。時刻表と車掌どちらが正しいんやろうと興味を持っていたけど正しかったのは結局車掌の方。Istanbulに着いた時には夜の10時を回っていた……。今日この行程の中で一人の素敵な日本人旅行者と出会った。実際はAnconaからのフェリーからずっと一緒だったんだけど(!)。Pithionからは同じコンパートメントに乗り込んで話しながら行く。トルコに着いてからもお互い宿をとった後ビールを飲みにいこうということで色々捜し、小さな食べ物屋さんに入る。この店は最初「ビアー飲める?」って聞いた時に駄目と言われたけど、その店先に並ぶどうやって食べるのか分からない食物達に心惹かれここに決定。とてつもなくあやしい2階席に案内されるとビアーが飲めるということになる。一目につく所では駄目ということかな……。スープ、シシケバブ、鉄の味のするナス炒めやサラダなどを食べビアーを飲む。おっさんが日本を好きということで(日本が好きなのか日本観光客が好きなのかは定かじゃないけど)色々と話しかけてくる。途中で「日本と韓国はいまだに問題あるんか」って聞かれたので「若者の間では全く問題ない」と答えた。少し酔っていた僕は「それじゃトルコとギリシアの間には問題あんの?キプロス島のこともあるし」と尋ねる。彼は「今は問題ない。むしろクルド人問題の方が深刻だ」と答えてくれたけど、今考えるとこういう問題をふるのは極めて良くないかな、危険やね、もうやめよう反省。ラクというフランスのパスティスやギリシアのウゾに似た"歯磨き苦の味のする"酒をその真偽は分からないけどタダだから飲めといって振舞ってくれた。相変わらずこの種の酒は好きじゃないけど……。で結局払ったんが3500000リラ、800円ぐらい(この桁数の大きさには辟易する。駅のATMでまたまたミスを犯して50000000リラを下ろしてしまう、まぁ1万ちょっとやからさして問題じゃないけど5千万って成年実業家ちゃうねやし……)。これが高いかどうかいまいち判断がつかない。物価がまだ分からない。食べ終わり店をでその日本人の彼と「良い旅を」と分かれる。本当に失礼やけど名前を失念してしまった。確か"Keisuke"さんやったような……。

名前を失念…… Istanbul
名前を失念、ごめんなさい。
メールを下さい。
ここでトルコ料理を
高いか安いか判断がつかない……

          

  
  
2月9日(金)           
朝一旦アジア側にフェリーで渡りHaydarpaşa駅に行き夜の夜行の予約と荷物を預ける。まぁ鉄道職員の態度の悪いこと悪いこと。ギリシアでも書いたけど国鉄の悪しき点全開。本当にこれじゃ客をバスに取られるのは当然。客やと思ってないね、電車に乗せてやると思っている。僕は鉄道の体制がしっかりしている国はその国自体がしっかりしているものと思っている。フランス、ドイツ然り、北欧にしてもそう。もちろん日本も素晴らしい。駅の窓口の職員がパスの存在を知らないのだから痛々しい。
Istanbulの印象。沢山のトルコ人が日本語を話す。本当にびっくりするくらいに日本語を話す。無論何か魂胆のある奴らがほとんどなんやけど、勝手にガイドしてカーペット屋に連れて行こうとする(笑)。俺の身なりを見てカーペットを買う奴じゃないって事を判断して欲しいものだが彼らは手当たり次第だから。あとは入場料が異様に高い。アヤソフィア(Ayasofya)にしても地下宮殿(Yerebatan Sarayı)にしても入場料が4百万リラ、900円ちかく。これは高い。さらには学割がない……。聞いた話しによると来月にはさらに入場料が上がるらしい。観光客と住民が払う額が違いすぎる。若い日本語を話せる奴らはどうして日本人から金を取ろうか考えているし。日本人がしばらく全くIstanbulに行かないようにしたらかなり混乱するんちゃうかな。けど、それが彼らにとってもいい事だと思うし、もちろん日本人にとってもいい事だと思うけど。もっともっとトルコにしてもいい所があると思うんやけど(今回はトルコの東側には全く行けないかもしれないけど恐らくそっちの方はいいと思う)。やっぱり大都会は肌にあわない。ということで17:35発の"Pamukkale Ekspresi"に乗りIstanbulを脱出。

ボスポラス海峡 Ayasofya Yerebatan Sarayi;
ボスポラス海峡を渡る
いざアジアへ
Ayasofya 地下宮
Yerebatan Sarayı

Istanbulのときめいた点も。旧市街しか回らなかったわけやけど高い入場料をはたいて入ったアヤソフィアと地下宮殿はなかなか。アヤソフィアにしてはキリスト教とイスラム教が混在していて何とも言えない妙な感じ。イスラム色の強い装飾が施されたドームの中でイエスを描いたフレスコ画が姿を見せる、少し不安になるような渾然一体さがなんとなく心地よい。地下宮殿も少し観光地化されすぎているかなと感じる部分もあるけどやはり凄い。ときめくものがある。あとはバザール。売っているものどうの、値段がどうのというよりも雰囲気が凄い。人が溢れている。まぁ相変わらず日本語で声をかけられ、名刺を渡されるわけだけど……。商売を抜きにしたトルコ人は極めて優しく、感じが良い。

メドゥーサ メドゥーサ

          

  
  
2月10日(土)           
8:20Denizli着。夜行はオープンサロン形式の座席車だったけど15時間にも渡る長旅もそれほどの疲れは感じない。朝は少し肌寒かったけど太陽が昇るにつれ気温も上がって行く。快晴。気持ちがいい。駅を出るとTaxiの客引きが来るが「いらない」と言うとあっけなく引き上げて行く。朝食を取れる所を探して街を少しうろうろして適当な所がないのでオトガルに行きPamukkaleへ行くドルムシュを見つけ、売店でケバブを買い食べる。ケバブは大体どこでも500000リラ(100円ちょい)ぐらい。ケバブが好きなのでことある毎に食べている。1日何個食べることか。けど好き。今日は中に草の入った薄いパン(見たいなもの)も試してみる。これがなかなか。名前は忘れた。Pamukkaleへは20分ほど。辺りに何もない所で降ろされる。
Pamukkaleの温泉が造った石灰棚はピサの斜塔と同じく昔に見て心をはせていた所。実はかなり楽しみだったわけ。最近温泉には入れなくなったとか、よくなくなったとか言う話しは聞くけどそれでもかなり楽しみだったわけ。しかしかなり期待を裏切られた。まず白さが違う。青さが違う。お金を払い(1500000リラはまだ良心的だけど)、靴を脱がされ遊歩道を行く。広がる光景は確かに特異な光景ではあるけどただそれだけ。子供の時にときめいた京都タワーに大きくって行って愕然とするのと同じ、やはり心の中で描いた理想郷は実際その地を訪れないのが最良の策なのかも。
その石灰棚の裏にあるヒエラポリスの劇場跡に行く。誰もいない劇場、最上段の席に上り眼下に広がる廃墟、彼方にそびえる山並みをぼーっと見つめる。ぽかぽかと暖かく春の臭いがする。ずーっとぼーっとする。気持ちがいい。ずーっとずーっとぼーっとする。石灰棚には残念だったけどぼーっと最上の時を過ごすことが出来た。
それにしても石灰棚は立ち入り禁止の場所が多すぎる。自然を保護するためという趣旨は理解出来るけど、これでは一部を強制的に見せられてこれで納得しろと言われているようなもの。ちょっとでも道を外れるとピィーっと笛を吹かれ、ちょっとでも柵を越えるとピィーっと笛を吹かれる。何でこうなったんか分からないけど、ある時に観光資源を浪費していたんちゃうかなっとちょっと思った。無限と思い浪費し枯れ始めたら大慌てする、そんな感じがした。売店で売っている水を蓄えた青と白の石灰棚のポストカードを見ると切ないものを感じる。詐欺だからやめろとは言わないけど、いまだに過去の姿にすがる姿には痛い。

Pamukkale Hierapolis
期待外れにも程がある、がいい天気。 誰もいず、ゆっくりと時間が流れる。

Denizliへ戻り電車に乗りSelçukへ向う。車内で買って来たトルコビアーEFESを飲んでいると、トルコ国鉄にしては珍しく気のいい車掌が来て車内では飲むなと身振り手振りで言われる。やっぱり外でビアーを飲むのは勧められたものじゃないんかな。それとも彼個人的に意見なんかな。よく分からんが彼はいい人なのでその1本を最後に飲むのを止める。バスで3時間のSelçukまでの距離を電車はゆっくりゆっくりと4時間かけ走破。荒野に沈む太陽の姿は壮大だった。
Selçukに着いた時に日はとっぷりと暮れていて、ホテルを取り夕飯を取りに行く。今日は久しぶりにレストランでご飯を食べよう。別に当てはなかったけどホテルを探す途中に目のあったおっさの店へ行く。彼は数年前にIzumirにある「さくら銀行」(本当にあんの?)で運転手として働いていたらしく日本が好きだと言う。店先のディスプレーで一つ一つメニューを紹介してもらう。一つ一つ値段を確認して(この作業が僕には本当に辛い)、ビアーが飲めるという事を確認して(彼はトルコワインを勧めたけどやっぱりビアーが飲みたい)店に入る。ビアー、イカフライ、キノコを頼む。イカフライはむちゃむちゃ美味く、キノコはチーズと共に焼いたもので絶品。彼も日本人のように気がきく。値段は1000000リラ(約2300円)……、ホテルよりも高い。確かに味は素晴らしい、雰囲気もいい、おっさんの気のつきようもよい。ただこれはいくらなんでも高いと僕は判断する。一応街の中心のアルテミスの女神像のレプリカがある広場の所にある店だからコレを安いと感じる人は行けばいい。味は間違いなく素晴らしいから。
          

  
  
2月11日(日)           
朝、エフェス博物館を見て(なんとなく面白くない博物館やった。アルテミスの女神像は何とも怪しくよかったけど)、昼過ぎに明日のトロイ観光に備えÇanakkaleまでの移動を開始する。まずはIzumirまで120kmを小さなバスで移動2時間。Izumirの超巨大オトガルでÇanakkaleまでのチケットを買い(5000000リラ、1000円ちょい)またまたケバブを2個食べ乗車。Çanakkaleまで350kmぐらいをトルコのバス会社大手の"Kamil Koç"のバスで6時間。途中お菓子とコーヒーのサービスがある(そう言えばミニバスの中ではレモンの香水(?)の振り掛けサービスがあった。一応貰ったけど……)し、まま快適。ただ6時間の行程でトイレ休憩が1回しかなかった。トイレに異様に近い僕にはかなり酷な話。やっぱり電車がいい。
Çanakkaleに着いた時にやはり日が暮れている。ホテルを取りビールを買いに行く。旅行中にレストランにいかないときはスーパーで物を買ってきて部屋で食べるってのをよくやるんやけど(スーパーでの買物自体がなかなか楽しい。やっぱり国によって売っている物が違うし、色々なものの物価を知ることが出来る)トルこではスーパー自体がどうも見つからない。あるのはキオスクみたいなものばかり。仕方ないので1件のキオスクみたいな店に入ったら店のやつともう一人の若者が大声を出して笑う。「何おかしいん?」と聞くと「日本人が入ってくるかどうか賭けていた」と。ふーん。で、ビールの値段を聞くと「550000リラ」と。ずっと500000リラで買っていたから50000リラ吹っ掛けられたわけやね。日本円で言ったら10円かそこらの話やけどやっぱり感じが悪い。もちろんこんな店では買わない、同じような店は他にたくさんあるんやから。
ビアーは買えたけど腹を満たすものが手に入らなくて港の近くのケバブ屋でケバブを食べることに。店先に値段が書かれているので、こういう店はとても気持ちがいい。ケバブの肉の変わりに卵を挟んだものが300000リラ(40円ほど)、大きなジャガイモの蒸かしたものの上にサラダをかけたやつが1000000リラ(120円ほど)。これで十分。店の人もみな愛想がいいし、席についたらトルコ音楽をがんがんにかけてくれるし、よい。やっぱり都会を離れて行くと人がよくなっていくのが肌で感じられる。ホテルのおっさんもとて持つもなく怖い顔で、ずっと不機嫌そうな顔やけど実際はとってもいい奴だったし。

Canakkale ぶれぶれやけど、他に写真がないので……
Çanakkale

          

  
  
2月12日(月)           
ホテルで荷物を預かってもらっていよいよトロイへ。トロイ行きのドルムシュ乗り場を探している途中にタクシーの運ちゃんに声をかけられ「25ドルでトロイまで送り迎えしたるよ」と誘われる。「ええよ。ドルムシュで行くから」と答えると紙を取りだし「ドルムシュは片道5ドルかかる。往復で10ドルかかる。それにドルムシュは遺跡の入口まで言ってくれないから歩かないといけない。それを考えると25ドルは安いよ」と。ドルムシュで片道5ドルもかかるわけないやん(実際500000リラで100円ちょい)、けどなんと大胆な嘘。けどこいつは「いや、バスを使いたいねん」と言うと丁寧にもバス乗り場の場所を教えてくれた。分からん。

Canakkale トロイへ行くドルムシュ乗り場の近く
ゴミが……

ドルムシュ乗り場で1時間ほど待たないといけない。今日は猛烈に寒い。ドルムシュの中は運転手、トルコ人客2人、そし手日本人客5人。多数決でここは日本やね。トロイには20分程で着く、入り口まで少し歩く。日本人観光客団体がいたけど僕が入るのと入れ替わりのように帰っていく。やっぱり多数決でここは日本。そしてトロイの遺跡を独占。1時間もかからずに一通り見て回ることが出来る。しかしあの廃墟からもとの姿を想像するのはなかなか難しい。そしてもっと海に近いんかなと思っていたけどそうではなかった。太古の昔この場所に巨大な国家があったということ、それだけのこと……。
身体がだいぶ冷えたので遺跡前の土産物屋さんでcafeを飲む。寒いからこっちにきなと事務所みたいな所に案内される。暖かい。バスの時間を聞くと20分後と言われる。けどそう言われて間もなくバスが来る。cafeを残してバスに乗ろうとすると大急ぎで紙コップを持ってきてくれる。行きの日本人独占バスとは違って今回は混み混み。
Truva トロイの木馬 トロイの木馬2
Troia! Troy! Truva! 50人のギリシアの勇士が トロイの木馬とトロイの猫

今日中にはトルコを脱出する予定だった。IstanbulはもういいかなということでIstanbulには向わずダーダネルス海峡を越えガリポリ半島を北上しそのままUzunköprüまで行って電車でギリシア再入国を果たす予定だった。それで朝早くから頑張ってトロイの遺跡を観光したわけやけど、Çanakkaleのオトガルでどうやって行けばいいか時間を尋ねるとKeşanという所までIstanbul行きのバスで行って、そこでEdirne行きのバスに乗り換えてUzunköprüまで行けとのこと。ただし、乗り換えのバスの時間と有無は不明。12:00発の電車に乗ってバス毎フェリーに乗って海峡を越え北上。Keşanに着いたのは14:20……。40kmほど離れたUzunköprüを電車が発車するのが14:10分だったからどうにも間に合わない。この方法で今日中にトルコを脱出する線は消えたわけ。けどわざわざ考えたら一度北上しなくても(地図を見てもらったら分かると思うけど)KeşanからギリシアのAlexandroupolisまで7、80kmほどの距離。バスあるかなーと思って訪ねると、残念なことに1日1本12:30発のみらしい。どうしようかと悩んでいると国境近くのIpsalaという町までタクシーで行ってそこから4kmほど歩いて国境を超えることが出来るとおっさんが言ってくる。Ipsalaまではタクシーしかないけど13000000リラで送ったると。うーん3000円弱か。悪くない。ただそこの国境の情報が全くないので不安。果たしてさくっと超えれるのか?思いっきり悩んだ挙句、今日トルコ脱出は諦めてUzunköprüを超えさらに北上しEdirneというブルガリア、ギリシア国境に近い町で一泊することにする。ちょっと保守的になったわけだ、タクシーに3000円払うのもちょっと癪だったし……。
けどこの選択は良かった。Edirneの街はなかなかよい街。皆が親切だったし、何といってもスーパーがあったし。入ったケバブ屋はなんとケバブが300000リラ(40円ほど)。この店ではよほど日本人が珍しいのかずっと店の親子3人がこっちを見ている。僕が何かを言うと一々笑うので最初むかつくねーと思っていたけど、どうも違うらしい。親しみの証らしい。店を出るときもみんなで見送ってくれた。ただまたまたミスを犯してしまった。明日トルコを出るというのにATMで間違えて2000000リラ(約2500円)を下ろしてしまう。北欧のラトヴィアの時に比べて被害は小さいけど、全くもって同じミスを……。

ferry Edirne
フェリーに馬 Selimiye Camii (Ediene)

          

  
  
2月13日(火)           
ホテルを8時には出る。泊ったホテルはトルコで泊った中で一番いい。部屋もフロントの対応も、そしてこの街も素晴らしくいい。人もいい。国境の町Karaağaçまでのドルムシュを探す途中で登校中のトルコ女子高生集団を見る(多分)。トルコにも制服があり、それも日本のブレザーと同じよう。
ドルムシュはSelimiyeモスクの横、昨日オトガルからのバスが着いた所からの発車。20分くらいでKaraağaçの村(?)に着く。途中で客を乗っけたままガソリンを給油するのには驚いたが、段々客が減っていき、みんなが降りたところが終点ということ。心配なので近くにいたおっちゃんに尋ねると確かにそうで、親切に国境までの道を教えてくれる。バスを降りるとすぐにタクシーの運ちゃんが飛んで来て国境まで1$で送ったると言ってくる。トルコリラで600000リラと言うところらしいが、ここらへんがドルで言われてもいまいち分かりにくい。むちゃむちゃ寒いしタクシーを使おうかなと考えているとさっきの親切なおっちゃんが「1.5km程だから歩いた方がいい」と紙に書いて教えてくれる。そうやね。歩こう。
国境まで多分1.5kmちょい、2kmぐらいかな。途中誰とも出会わず片田舎の道を行く。少し心細い。国境直前にトルコ軍の基地みたいのがあって、その門の前に銃を持った軍人が大量にいた。行ってもいいんかなーと思い、ちょっとびびった。けど「ギリシアに行きたいんやけど」と話し掛けてみると、みんな優しく教えてくれた。ふぅー、びびった。すぐに国境。横の建物に入ってパスポート出して終わり。すぐに底からギリシアの国境まで若いトルコ人兵士に先導されて行く。彼も当然中を持っている。銃の先に剣のついているやつ。けど全く重々しい雰囲気はなく、若兵士と気楽に話をしながらギリシア側に。ギリシア側でも和やかな雰囲気は同じ。「1 minute! 1 minute!」と言われ待たされ、その間にギリシア軍が飼っている(?)犬の名前を教えてもらい和気藹々と過ごす。近くの駅の場所もついでに教えてもらい、そこから検問所までイスマエルという若兵士に先導してもらう。彼は何で冬にギリシアに来たのか不思議そうだった。彼はずっと「クリオ、クリオ」と言っていた。後で調べたら予想通り「寒い。寒い」ということだった。スタンプも無しにギリシアへ入国完了。

国境(トルコ) 国境(ギリシア)
国境へ続く道 ギリシア側国境
さすがEU

すごく楽しかった。この国境越えはPamukkaleよりもよかったかも。写真は取らなかったけどトルコ側の検問所の建物はとても綺麗だったし、人の優しさは特筆に価する。ただ惜しまれることはトルコ側の免税店(やっぱりある!)で煙草を買うのを忘れたこと。昨日のミスでまだ結構トルコリラが残っている。ギリシア側の免税店ではトルコリラが使えなかった。
国境を出て10分程でKastaneaiという小屋1軒のだけの駅に着く。時刻表はない。Athèneまで電車に乗ろうとしているんやけどこんな小さな駅にそんな長距離電車が止まる気がしないので、一度街の中心まで戻って尋ねる。駅は広大な畑のど真ん中。そして町も人がいない。困ったので工場みたいなところで勝手に戸を空けて大声で呼んだらおばちゃんが出てきてくれ、丁寧に教えてくれた。コミュニケーション手段がないわけだから、はっきりとは分からんのやけど恐らくは電車はこの駅に停まるということらしい。その後駅に帰る途中で出会ったトラクターに乗ったおっちゃん2人に聞いても大丈夫とのことなので大丈夫でしょう。このうちの1人のおっちゃんが原チャで追いかけてきてくれ、「反対方向の電車に乗るなよ」とねんをおしてくれた。日本から来たといったら「YAMAHA、YAMAHA」と原チャを指差して言う。それにしてもいい人たちばかりだ。

Kastaneai Kastaneai2 Kastaneai3
国境から駅まで徒歩10分 国境の駅「Kastaneai」 国境を線路が沿う

極寒の中、1時間ほど待って、11:33電車発。5両編成のうち2分の1両が1等車。パスがあるのでどうせなら1等ををつかわないと気がすまない貧乏性。けど2等車はコミコミ、1等車はガラガラ。ゆっくり出来て快適。何と言っても普通電車、Athèneまで19時間の長い長い旅……。

train1 train2
険峻な路を行く また今日も陽が暮れる

          

  
  
2月14日(水)           
Athèneには6:00に着く。全く眠れなかった。1等やしThessalonikiを出たときにはコンパートメントは独占だったので、クシェットも取らずにそのまま横になって行こうとしたのが間違いだった。12時を過ぎても1時間毎に新しい客が入ってくるし(しかし日本人と一緒というのが気詰まりなのかすぐに彼らは出て行くんだけど)、さらには午前3:00過ぎに黒人がぞろぞろ入って来る。彼らは僕が足を伸ばして寝ているのお構いなし。がんがん入ってきて結局3人がけの1等車なのに強引に4人がけに……。別に差別するわけじゃないけど、十分に怖い。眠いけど少し話す。僕が日本人ということ、そして彼らがシリア人ということ。すぐに車掌が検察にきて、2等切符しか持っていない彼らは車掌から出て行くことを命ぜられる。しかし彼らもひかない。車掌に英語でしゃべろと言ったり、「No place」と言ったり、全く動こうとしない。ここらへんの感覚が十分に怖い。しかし車掌も頑固なギリシア人。怒鳴り合いになった末、とうとうシリア人たちが出ていく。帰り際に「thank you」と言って(何故か)出て行く。彼らも悪い人間ではない。
Athèneに着いた時は無茶苦茶寒かったんやけど、マクドで300ドラクマ、約100円のcaféを飲んで(マクドには入らないことにしていたが『くねくねポテト』みたいのに興味を引かれ入る、まぁバーガーは食べてない……けど)、古い街並のPlaka地区をゆっくりと抜けアクロポリスに着いた頃にはぽかぽか陽気。気持ち良すぎ。僕個人的にはAthèneは大都会であってもいい町だと思う。その後"超"廃墟のアゴラを見て途中のタヴェルナで念願の蛸、サラダ、ビアーを飲んで大満足。3000ドラクマ、1000円ほど、店のおっちゃんはとてもいい奴やったんやけどこの値段はどうでしょう。少し高いような気がするけどいまいち物価がつかめていない。国立庭園、オリンピックスタジアムと回ってのんびり。以上観光はこれだけ。1日使って久しぶりにのんびり観光。天気が良くて素晴らしかった。Piraeusに移動し、気のいいおっちゃんの旅行会社でクレタ島行きのフェリーのチケットを買う(5300ドラクマ、約1700円)一路クレタ島へ。念願の……。
シュリーマンの家(多分それやと思うねやけど何の表示もなかったので確信はない)の道向にある巨大な本屋さんで『星の王子さま』ギリシア語ヴァージョンを購入。そういえばトルコ語ヴァージョンを探すのを忘れていた。トルコではなにかそわそわしていたから。騙されるのが嫌でお金を払うのが嫌だったから。うーん、あんのかな。多分あると思うね。欲しいー。

Acropolis Parthenon
Acropolisを望む Parthenon

天気もよかったし、パルテノンも見たし、全くもって最高の1日だったけど、今日のハイライトといえばやっぱり"ニセ警官"に会ったこと。アクロポリスを出て、天気もいいしぶらぶらアゴラに向かっていたら一人の自称イタリア人に声をかけられた、っていうか道を聞かれた。美術館を探しているということやったけど、知る由もないので「知らん」とだけ答える。すると「多分この近くやから、いい所らしいから行こう!」と言ってくる。「いやアゴラにいくから行かん」と答える。ちょっとうっとうしい。その後も彼はついてきて色々話し掛けてくる。イタリアの悪夢もトルコの嘘っぽさもあったけど、昨日今日の人々の優しさで大分僕の凍てついた心も解けてきていたところなので色々彼と話しながら歩く。彼はローマから来た旅行者で次はエジプトに飛行機で行くということ(←すごいねこれ、全部聞き出した)。そして何よりも大事な点は彼が東京に1ヶ月前に行ってきたところでホテルが異常に高かったと自ら言ってきたこと。僕は話を合わせて「Romaは歴史があってParisより素晴らしい街だ」と心にもないお世辞を言ってあげたのに。そして小さな公園に入ると、彼は「日本のお金をまだ持っているんだけど、これ何ドルくらい?」と言って一万円札を見せてきた。(※この時彼は財布からではなくポケットから札を出し、それは1万円札を表紙とした札束、恐らくその他の通貨も用意しているんでしょう) 「800ドルくらい」と答えた。僕はトルコリラ10000000リラをどうにかこの一万円に替えられないかと(トルコリラがギリシアでは両替出来ない)ちょっと悪い考えをもっていると、2人組の男が現れてポリスだと言って手帳を見せる(※コレには確かに彼の写真と"POLICE"いう英語の文字があった。そしてじっくりと見る間もなく引っ込める) すぐに自称イタリア人はパスポートを見せる(※僕はイタリアのパスポートがどんなんか興味があったので見ていたが、イタリア人は裏側を見せて渡す、黒い薄い手帳みたいなもの。すごくうまいね今にして思えば) その後はこっちの番で何も疑っていなかった僕はパスポートを見せる(危ない……)。パスポートはすぐに返ってきて、「sit down !」と"超"命令形でベンチに座るように言われる。この時僕の咥えていた煙草を手でパンと払って叩き落す。何すんねんと思って「ここあかんの、煙草?」と聞くと、また「sit down !」と。はぁーむかつくね。けどまだ何の疑いも持っていない僕はベンチに座る。そうとうイライラしながらベンチに。すると「あの男と何を喋っていた?」と聞かれる。ここで一挙に分かった。これ有名な手口やん。東欧の本で見たことがある。"ニセ警官"。ギリシアでもあるんやね。もちろん「OK. Bye!」といって立ち上がる。彼らがそれ以上こないのが"ニセ"の何よりの証拠。坂を降りていくと日本人女子2人とすれ違ったので老婆心ながら「ニセ警官がいるからパスポート見せたらあきませんよ」と教える。前にも言ったけど、こういう犯罪をする輩、頼むから消えとくれ。

Athenai Olympic Stadium
彼女がアテネの全猫を飼っている オリンピックスタジアム

もう1つ楽しかったこと。クレタ島にどうしても行きたかったんやけど2週間の予定できたし、月曜日には戻りたいので迷っていた。どうしてもイタリア−ギリシアのフェリーで20h程かかってしまって時間がもったいない。時間が足りなくなる。そしてピンときた。飛行機。近いしそんなに高くないやろ。飛行機の旅は嫌いなんやけどたまにはいいかもしれない。そこでまず"Olympic Airways"のオフィスに行ってRomaまでのフライトの時間と料金を聞く。時間は日曜日の10:00発があってぴったり。ただ値段が"Kronos Airline"という聞いたことのないキャリアで、それが一番安くて66500ドラクマ(約21500円)。う〜ん、手が届かない。その後フェリーの時間も一応調べに行ったけど一度飛行機を使おうとしたらもう後にはひけない。『Roma 44000ドラクマ』という看板を掲げた怪しい旅行会社があったことを思い出して底へ向う。途中の旅行会社で(シンタグマ広場辺りには沢山の旅行会社がある)、片道49600ドラクマ、往復46000ドラクマ。何で往復が安いかはEUがどうのと説明してもらったが理解できなかった。そして次の旅行会社で話しを聞くと42400ドラクマ(約13500円)、即決。学生旅行を取り扱っている会社らしく国際学生証提示でこの値段。実際は学生じゃなくても24歳以下ならユースカードっていうのを作ってくれて(3000円ほど)この値段でいけるとのことやけど。丁寧に接してくれるし良かった。1時間ほど待って発券される。ただ港に向う途中でチケットの日付けが3月18日になっていることに気付いて慌てて戻る。15分程ですぐに訂正してくれる(とはいってもただ紙を張っただけだけど)、多分大丈夫でしょう。全くもって色々あった1日。フェリーでクレタへ。

Agora Agora2 Agora3
海神"トリトン" 古代Agora廃墟 現代Agora

          

  
  
2月15日(木)           
真っ暗の中朝6:00にクレタ島、Hilaklion着。とりあえず近くのバスターミナルに行ってcaféを飲み身体を温める。まだ身体が目覚めない。1時間ぐらいぼーっとして日が明けたので行動開始。クレタ島といえばやっぱりミノタウロスの、ダイダロスの、イカロスのクノッソス宮殿。だけど昨日国境の小さな無人駅で出会った旅行者のおっさんがクレタ島ならChania(ハニア)が一番いいといっていたのでChaniaにも足を伸ばす予定。誰に強制されるわけでもなく相変わらずの詰め込み旅行。やっぱりtypicalな日本人やね。1つの街でゆっくりとしたいけど、何故か点と点を繋ぐ旅しかできない悲しい性。

Iraklion Iraklion

バスターミナルの兄ちゃんに聞いたらChania行きは別のターミナルからということなので早速もう1つの西ターミナルと思い込み歩く。1kmぐらい歩いて西ターミナルで聞くとそこじゃないと。その後は色々な道行く人に尋ねてみるも、それぞれ指示が違う。もう情報の整理が出来ずらちがあかんのでトゥーリスト・インフォメーションに行くことに。そしてコピーの地図をもらって教えてもらう。やはりフェリーの着いた港の近くかららしい。ただ最初に行ったターミナルとは道を挟んで反対。別に窓口の兄ちゃんが嘘を教えたわけじゃなかったわけやね、僕の勘違い。まぁそんな所にバスターミナルあったんかいなという所。Chaniaまで3200ドラクマ(約1000円、フェリーが5300ドラクマやった事を考えると少し高いような感じ)。荷物を預けKnossosへ。バスは街の中心を通って20分くらい。途中大学に寄るために学成の通学バスとなっているようで車内は学生で混み混み。途中運ちゃんがバスを止めて、何かいなと思っていると、後ろの扉から入ってきて大声で叫ぶ。どうやら「もっと後ろに詰めろ、学生ども」ということらしい。
Knossos宮殿は不満。かなりの不満。『修復作業のためにルートが制限されている』とのことでほとんど内部に入ることが出来ず、迷宮を堪能することが出来ない。ここでも一瞬周りが日本人だけになる。すごい。町におり考古学博物館を巡る。出土品のものすごい量の展示があったけど一番ときめいたのは古代Knossosのイメージ画。何でもないもんやと思うんやけど十分に太古の世界に思いをはすことが出来た。タヴェルナで昼ご飯。パン、svouraki(大焼き鳥)、ビールを飲んで600円くらい。やっぱりこれくらいじゃないと。昨日のタコはやっぱり高いって。大都会Athèneやからそうなんか、日本人をなめとんのか?

Knossos1 Knossos2 Knossos3
『DUE TO REPAIRS THE COURSE OF
VISITS IN THE PALACE WILL
TEMPORARILY CHANGE.』 と……
行きたいが行けない……
禁止の嵐
行きたいが行けない2……
そこが迷宮

13:30 Chania行きのバス。暴睡。検札で目が覚めたら雨が降り始めているし寒い。3時間でChaniaに着いた時も雨がまだ落ちている。街歩きをはじめて他の街と何ら変わらない街並を見て「なんやこれ?」と思っていたけど、旧市街を通り抜け港まで行くと一転素晴らしく趣のある街に。大型フェリーの決して停泊することの出来ない小さな港。そして灯台。何とも素晴らしい。細い路地にはアトリエがたくさんあるし、何とも言えずartistiqueな街。素晴らしい。
しかし長居をするわけには行かず本土へ帰らなければいけない。スーパーでソーセージとビールを4本購入(特価品500clのCarlsbergが120ドラクマ、40円足らず)。今日既に2gビアーを飲んでいるしまさにビアー漬けの1日。夜行3日目、やっぱり頭が痒くなってきた……。

Chania Chania2
雨に濡れるChaniaの旧港 激しい雨が全てをあらう


2月後半(2/16〜2/28)へ